読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

子育ての転機

今でも忘れない講演会。

それが真弓定夫先生の講演会でした。

この方のお話を聞いて半分は信じられない氣持ちで

今まで身体に良いと思い子どもにしていた事が

根底から変わる出会いでした。

 

 

今では真弓先生のお話は子どもを見る事で

納得しています。

この話を聞いた頃はまだ受け入れる事ができず

半信半疑でした。

 

でも子どもを見ていると次第にこの方の言うことは

間違っていないと確信できるようになりました。

 

戦争を経験している旦那のピー爺ちゃんは

ワクチンも何も受けていない。

歯磨きのフッ素もしていない。

 

それでも95歳なのに全部自分の歯で

杖はつくけど自分でさかさか歩けるし

生活習慣病も何も持っていない。

病院にもほとんど行きません。

 

目の前にいい見本が居てくれた。

熱がでたら身体の温まるものを食べて寝てる。

2、3日すれば熱は下がり治る。

 

今は子どもが熱を出せばすぐに病院で薬をもらえ。

本来の免疫力を使わないまま。

自分の小さい頃を思い出すきっかけにもなれました。

 

 

以下、6年前の記

わたしは子供が生まれてから、子供の口にする食べ物や洗剤などは無添加を心がけていました。しかし何がよいのかなど詳しくは知ろうとはせず、単に薬品や農薬が身体によくないという単純なものでした。

 


放射能汚染の情報を知りたくていろいろな講演を聞きに行くうちにある小児科の先生の講演を聴く機会がありました。

 


医学博士 真弓定夫先生です。

この方は 薬を出さない白衣を着ない事で有名な先生です。


http://www.biken-guide.co.jp/mayumi/index.html


戦後の日本はアメリカの政策の下にありました。その頃の政策の現状や日本人をダメにする3S政策、牛乳(乳製品)や給食の始まり。化学肥料や添加物を日本に持ち込み、全て情報操作によって蔓延させた事実。


どれも納得です。
アレルギーやガンなどの生活習慣病が増えた原因も全てここにありました。


私の子供は牛乳が嫌いです。でも嫌いで良かったのです。子供は大人よりもはるかに自分の身体や細胞の欲しているものを感覚的に本能的に知っていた。間違っていたのは私たち大人の知識だったのですね。


添加物や味覚がおかしくなる前に本当の素材を食する大切さ、十年後の身体を作る(命を作る)今の食生活の大切さを学びました。


反省。そしてすぐに有機野菜を買って帰りました。


有機野菜や自然食品のお店は私の知る限りでは放射能の測定もキチンとしています。(ただ宮城県の地場産品を買うことに抵抗があった事や値段が高価なので買ってはいませんでした。)


すると驚きです。野菜を食べない娘が食べるではありませんか(*_*)!
驚きと言うより驚愕でした(笑)


ここから私の無添加オーガニック子育て生活が本格的に(でもできる範囲でを忘れずに)始まった気がします。

 

 

EM菌との出会い

人生に無駄はないって思う事のひとつに

このEM菌との出会いです。

この後、畑をしたり生活の洗濯や洗い物にこのEM菌を使うことで

この時よりも環境にも優しい生活ができるようになっています。

 

現在はEMの洗剤や石鹸でほとんどの洗い物を済ませてます。

油よごれもすんなり落ちる優れものです。

 

以下、6年前の記

EM菌と言ってもなんの事やら
の方が多いでしょう。

 

 

 

 

 

EM菌とは有用微生物群(Effective Microorganisms)の訳。


EMに含まれる微生物は主に乳酸菌、酵母そして中心的存在である光合成細菌です。
この菌がチェルノブイリ汚染地域で放射能の数値を下げた。と言われている事から注目されだしたのです。

 

 

 

 

 

 

そんな事、普通に考えてあり得ない。
私は人工的な放射性物質が微生物によりどうにかなる。なんて話は聞く気も調べる気も起こりませんでした。

 

もともと、有機栽培などに使われている事が多いこのEM菌です。石鹸や消臭効果がある事くらいは聞いた事がある程度でした。

 

 

 

 

 

2012年1月半ば山形県で行われた全国EMサミットという大会に参加するまでは…(^-^)

 

 

 

 

 

 

この大会に看護師の友達Rに誘われて、私の目的としては、この大会で講演をするチェルノブイリのかけはしの野呂みかさんにお会いし、お話を聞く事が目的で参加しました。

 

 

 

 

 

 

2日間のこの大会。1日目は有機農業のお話がメイン。
でも、これもなるほどと感心するものばかり。

 

 

 

 

 

私の町のように津波で被害を受けた田畑は海水に浸ってしまった事で塩害とよばれる作物が育ちにくくなると聞いています。2~3年は作物を作れないとか。


ところが、同じ津波被害に遭った仙台市宮城野区蒲生にある鈴木有機農園さんではこのEMを使い見事にお米や野菜を作り出荷したお話を聞きました。

 

 

 

 

 

 

その他、気仙沼での漁港の魚の腐敗臭と衛生環境改善の為にEMを大規模に散布し、ボランティアで全国からEMを提供した事など


んー。私としてはかなり興味深いお話ばかりでした。

 

 

 

 

 

ちなみに鈴木有機農園さんでは採れたお米を玄米でキチンと機関へ出し、検出限界値1bq/kgで不検出とおっしゃって結果のデータも見せていただきました。


素晴らしい。EM活性液を無料で配布していたり、すごく熱い志の方です。
ブログです。
http://suzuki-yuukinouen.blog.ocn.ne.jp/

 

 

 

 

 

 

また、この会ではEMを使っているから必ず0ベクレルではありません。ともお話をされていました。山形のあるEMを使用しているキノコ農家からはセシウムが検出されたそうです。


ですから、皆さん怖がらずに検査をしましょう。それがこれからの農家の果たすべきものであると思います。と呼びかけておられました。

 

 

 

 

 

この姿勢。国にも宮城県知事にも見習って欲しいです。

 

 

 

 

 

 

2日目、主に内部被爆とEMの効果について。

 

EM研究機構の方と野呂みかさんのディスカッション。


野呂さんは実際の活動の中で、チェルノブイリ事故汚染地域の子供達を日本で保養させ内部被爆の体外排出効果と食べ物についてお話されました。

 

 

 

 

 

 

世界各国に保養したチェルノブイリの汚染地域の子供達のデータ。
日本が排出率81%とかなり高い。
そして汚染地域でEMを散布し線量が下がった事。これは事実。

 

 

 

 

 

 

何でそうなるか。科学的根拠はまだ研究途中。
ただ、EM研究機構の方は仮説はいくつかあるそうです。

 

 

 

 

 

まず、体外排出効果について


放射線は,細胞を傷つけます。放射線がDNAや細胞膜などの生体分子を直接傷つける場合と,放射線が水分子を分解し,その結果生じた活性酸素が生体分子を傷つける場合があり、通常、後者の影響が大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

活性酸素くんは2重にも3重にも細胞を傷つけるそうです。。なんて厄介。
この活性酸素酵素が抑えてくれる効果がある。
EM菌は酵母や乳酸菌の集合体です、発酵食品が被爆した身体の免疫をアップさせる事は知られていますから免疫力がアップし代謝もアップする…納得です。

 

 

 

 

 

 

そして線量を下げる効果について


あくまで仮説です。
今までは微生物が放射線を遮蔽するのでは?と言われていたようですが今はEM菌に含まれる光合成細菌くん。この中のどれかの菌種が電気を帯びるのではと研究されているようです。


最近、世界で発表された論文の中に光合成細菌のある種の菌が電気を帯びるというものがあったそうです。

 

 

 

 

 

放射線は原子によるもの。この原子に電気を帯びる細菌くんが働いて原子を別の物質に変化させるのではないか。とのこと。


私はテレビでですが、人間の寿命に大きく関係すると最近の医学で注目されているミトコンドリアの事も思い出しました。これももともと微生物でありまだまだ研究段階。ようするに微生物はまだまだ解明されてないものが多い。

 

 

 

 

 

 

最後に野呂さんが
EMの科学的根拠の解明には何十年とかかります。でもここに来ているママさん達は今、生きている子供達を守りたい一心で来ているんです。
信じる信じない、結果は後からわかる事で、効果があるかもしれない何かを今の子供達にする為に話しを聞きにきてるんですよね。やってみる価値は私はあると思いますよ。と言っていました。

 

 

 

 

 

 

EM菌は有用な微生物群の総称です。味噌やビールやヨーグルトに含まれているものばかり。米のとぎ汁発酵液にEMをプラスしてパワーアップもできるんんです。
私としては、発酵食品を採るよう心がけていましたし、ジュースにして飲むと子供でも飲める美味しさだったし、早速、EMのファンになりました(笑)

 

 

 

 

 

最後に野呂さんと個人的にお話ができました。
やはり被災地でも声をあげなさい。小さくてもいい、そしてその声を国ではなく世界にも発信してくださいと。
残念ながら国は何もする気はありません。国に訴える事と平行に世界に訴えて。
世界は助けようとしてくれている方々がたくさんいます。でも日本のメディアも放送しないし、ママさん達の声が届いていない。

 

 

 

 

 

 

そうですよね。原発稼働反対のデモや首相官邸をデモ隊が取り囲んでも報道しない。福島のママさん達の経産省前での抗議なども放映しない。だから中高年の方達も放射能の恐ろしさを知らない。

 

 

 

 

 

 

看護師のRは言っています。震災後、早産や流産の危険がある妊婦さんが多くて休憩も取れない忙しさだと。震災前では考えられないと。

 

 

 

 

 

 

話しがそれてしまいましたが(^-^;)
EMいいですよ~
付け加えると、EM有機栽培など栄養が豊富な土からの植物への放射能移行率も低くなるようです。
EMくん頑張れ~

 

 

 

 

 

 

最後に。
この大会には福島のママさんが本当に多かった。そして私の子供と遊んでくれていたミウちゃん。この家族は岩手県の前沢から参加。空間線量で0.3マイクロあるそうです。この方も看護師さん。子供達の通学路などの線量を測りマップにしたりと、かなり活動していました。また会えたらいいな。。ミウちゃんありがとう(^-^)

 

 


AD

6年前の自分という者の無力さに泣いた事

 

この時は子どもを実母に預け

本当に藁にもすがる思いと

子どもたちの未来のために

政治はあるんだと思いたかった。

 

 

でも、その氣持ちが崩れ去り

自分の無力さに

ただただ泣くしかなかった事を覚えています。

 

悔しさと無力さと

子どものために何もできない自分を

泣くしかできない自分を

情けなく、ただただ泣きました。

 

以下、6年前の記

宮城県内の市民団体35団体が県に子供達の健康調査をする事を求める内容の請願書の審議会がありました。(請願の内容一部最後に載せます)

 

宮城県福島第一原発事故の影響による県民の健康調査をするかどうかということを有識者との会議の末、行わない決定をしています。


それも完全非公開の会議で!です。
全く意味がわからない!と怒り心頭でしたが

 


その請願を県議会にかけるかどうかの審査が県の保険福祉委員会で行われました。
私は35団体の中の一つである会に非力ながら参加させていただいてます。
この請願が通れば、七ヶ浜町でも健康調査をしてもらえるかもしれない
と期待を胸に傍聴へ行きました。

 

議会を傍聴するなんて初めてで全くの素人です。もちろん緊張。
参考人質疑は県内の健康調査をしないと決定した有識者2名の方から始まりました。

 


難しい質疑の内容はコチラをご参照ください。
http://kodomomiyagi.blog.fc2.com/blog-entry-97.html"

 


私はあくまで素人の主婦目線で必死で聴いた限りを書きたいと思います。
特にこの2名の方々がどうして健康調査をしないと決めたのかを知りたかった事もあり。

 

久道茂県対がん協会会長(有識者会議座長)と他研究者1名。
先生のお話では健康調査をする上での検査技師の不足している点
今まで培ってきた研究から見ても影響はない。とおっしゃってるように聞こえました。
しかし、県南などの福島県と変わらない汚染の高い所では健康調査はやる価値はあるともおっしゃってました。

 


あれ?健康調査の必要性を言いました?
線量が高い県南など除染対象地区に設定されている場所を限定して。という事ではありましたが。

 

 


もしかして、いい方向ではないですか_φ( ̄ー ̄ )と言う雰囲気で質疑応答は終わりました。

 

 


そして次の参考人である
東北大大学院薬学研究科ラジオアイソトープ研究教育センター 吉田浩子先生
この方のお話は大変参考になりました。

 

2011.6.20から県南に入り
個人被ばく線量のモニタリングのプロジェクトを結成。現在120名実施。
宮城県は広く「汚染地域」が広がり、丸森と白石が高レベルであること。
ガラスバッチによる外部被爆線量の平均をみるとなんと
福島県では郡山が最も高い被ばく線量であり、その高い線量と県南でのデータはほぼ同じ!
あらためて県南の汚染の高さを再確認させられました。


そして同じ地域に住んでいても被ばく線量は子供の行動によって1.5倍くらい差があるのだそうです。そうだよね。外遊びが好きで野山を探検する子もいれば家で読書するのが好きな子供もいる。
人は動くのだから、環境線量評価だけでは全く不十分であることを浮き彫りにしてくれました。

 

そしてリスクコミュニケーションが住民レベルでいきわたっていない事もご指摘されてました。
全くそのとおり。大きくうなずいてアピールする私(笑)

 

住民が納得もしていない、不安は全く払拭されていないよ!!
心で叫ぶ私。

 

そして本来なら事故直後からのデータを取ることが重要であり今後に結び付けられる。
時間が経てばたつほどデータは失われていく。もう1年も経過してしまっている原状。
早急な健康調査の体制の構築が必要だとおっしゃってました。

 

この現地を調査してきた方に向かってくってかかっていたのが仁田和寛議員です。
みなさんご存知ですか?我が七ヶ浜町の住民代表として県議会議員をされている方です。


リスコミの説明なんか聞くまででもない。わたしたちも十分行なっている!受取り方の問題だ!
こんな感じに聞こえた私

 

だから住民レベルでっていってるの!県南の現地調査でも浮き彫りになった問題だと言っているじゃないですか。心で叫ぶ私。

 

学会にこれから発表する論文など話にならない。(仁田氏)

 

いやいや、唯一の大切な現地のデータであり空間線量だけでは被爆量は測れないことを調査して訴えているのですよ?心で吉田先生を後押し。

 

すっかり手に汗握る興奮状態な私です。

 


そして丸森町長さんの質疑応答へ移ります。

 

空間線量は4月11日からしか測定できなかった。
当時、県南では山元と白石だけ。3月20日石井教授が入って計測した時で1.48マイクロ。
川平地区は飯舘から4K。空間線量は福島と同じ位なのに、対応が全く違う。
1μSV以下の所は除染補助がでないというので住民ボランティアで除染を行なった。

 

あらためて県南の酷い原状を聞き泣きそうになるのをこらえていたのを覚えています。
国際的にも放射線管理区域にしなければならない所を
防護服も何もなく住民が除染をしてるんですよ。
これが今の日本の現実なんですか。
マスコミの方々はほとんど報道もしませんよね?
新聞にも取りあげられてないですよね?
だから七ヶ浜町の人たちも知らないのも当然ですよね。

 

最後に請願団体代表としてみやぎ脱原発風の会代表 篠原弘典氏
子どもたちを放射能から守るみやぎネットワーク代表 太田氏の2名です。


篠原氏はもともと原子力の研究をされていました。
しかし原発の危険性に気づき今回の事故のようなことがあってはならないことだと
原発の立場に立ち運動をされてきた方です。

 

測定体制は整備されつつあるが、身体の被ばくには手つかず状態が続いている。
ヨウ素の影響をデータでとる手段はすでにない。初期被ばくのデータを取ることの大切さを訴えていました。

 

 
太田氏は筆甫に住み続ける決意。親の都合で決めたのだから、子どもへの健康被害が出ないよう専門家ではないので心情を伝えたい。

 

有識者会議は、1回の甲状腺調査で結論を出してしまった。会議の皆さんが、現地にきて話しを聞いたとかは全くない。

 


住民は、どういう行動をしていたか、情報がないので外遊びをさせてしまったとか、とても不安がっている。栃木では、住民との意見交換会をもったと聞いている。リスコミのやり方でないと、不安は解消されない。

 


尿検査のデータ。坪倉先生は、南相馬市でもWBCの結果で子どもは10Bq以上を再検査の目安に考えていると言っている。WBCは、県南に1台は買って調査していく必要がある。丸森は高い線量であることをわかって欲しい。管理区域と同じところで生活している。子どもへの影響はわからない。

 

ある県南のお母さんが、子どもにどう説明したらよいのかと。
宮城県はお金がなかったから、大丈夫っていったから、と将来説明するのか。
大きくなった時、子どもたちは宮城県に大事にされたと思うだろうか。
子どもたちに出来るだけのことをして欲しい。年1回の健康診査に追加項目でもできる。
正しい知識というより、もっと寄り添って考えてほしい。
請願の一言一句そのままやってといっているのでなく、できるところから体制を整える一歩にしてほしい。

 

心に響きました。

 

そこなんです。私達ママとしての立場では予算がない検査技師がいない。
研究してきたから大丈夫です。
受取り方の知識不足でリスコミがなってない。

 

こんな理由で子供達の命を判断するのですか。
宮城県の子ども達のこれからの人生はそんなに軽いのですか。

 

できるとこからでいいんです。せめて線量の高い地域からでも。
放射線被爆に強い小児科医の育成からだっていいんです。
明らかに今までとは違う子どもの異変があって小児科に行って放射能被ばくの影響では?と受診しに行っても門前払いされるんです!

 

議会とは何ですか?
議員とは住民の代表であり、住民の意見を汲み取ってくれる為のものではないのですか?
議員を志した初心はなんだったのですか?
県民を守るためではないんですね。

 

既にわたしの心の中はぐちゃぐちゃな状態でした。


仁田議員
「大変な苦労をさせたが、第一義は東電と国なんですよ。篠原さんは脱原発風の会だが、脱原発の運動と一緒に考えられると困るね。」

 

何ですか?この質問。
意味がわかりません。

 

請願に賛同していただいた議員の方々は付帯意見をつけて採択を主張。
今請願を通すことが、国や東電を動かすことになるとおっしゃいました

 

採択結果→継続審議(6月の議会に持ち越しです)

 

有識者を含めた参考人の方々が健康調査の早急な体制構築を言ったにもかかわらず
継続の挙手をした方々

 


佐々木征治議員(大崎選挙区)
仁田和寛議員(多賀城七ヶ浜選挙区)
今野隆吉議員(泉選挙区)
細川雄一議員(若林選挙区)
石橋信勝議員(青葉選挙区)

 

全て、前政権である自民党公明党の方ばかり。
わたしには請願賛同議員党派が違うのが気に入らないだけの権力誇示にしかみえませんでした。

 

賛同し協力してくださり
趣旨採択を主張していただいた

 

ゆさ みゆき議員(青葉選挙区)
天下 みゆき議員(塩釜選挙区)
本多祐一朗議員(若林選挙区)

 

本当にありがとうございました。

 

議会傍聴後の帰り、泣きながら帰りました。くやしさと無力さと。
この現実を受け入れる事ができなくて。
これが宮城県なんだと思い知らされた気がして。


皆さん、知って下さい。
これが今の宮城県です。

 


以下、請願書の最終稿です。

 

子どもたちと妊産婦を放射能から守るための体制の確立を求める請願書
 1 請願の主旨
(1) 宮城県内の18歳以下のすべての子どもたちが、福島県と同様に甲状腺検査及び内部被ばくの状態を把握出来る継続した健康調査を、公費で受けられるようにすること。
また、希望する妊産婦に対して、内部被ばくの状態が把握出来る健康調査及び母乳検査を、公費で受けられるようにすること。
(2) 宮城県内の子どもたちの健康を守るために、積算被ばく線量が測定出来るようガラスバッジの配布、装着を進め、被ばくの状況を把握し、低減化策にいかすこと。
2 請願の理由
東京電力福島第一原子力発電所事故による放射能汚染の調査解明が進むにつれて、宮城県においても県南部はもとより県北部でも積算の被ばく線量の目標である年間1mSvをはるかに超える放射能汚染が広がっている実態が明らかになってきました。ホットスポットも点在し、より詳細な実態把握も求められています。この様な状況の中で、多くの県民と子どもを持つ親の不安は増大するばかりです。福島県においては多くの放射能汚染対策が実施されていますが、県境によって対応が違っているという現状は遺憾なことです。
宮城県は「宮城県健康影響に関する有識者会議」の「健康には影響がない」という結論に基づき、何の対策も取ろうとしないために、県民特に放射能の影響が大きいと言われる子どもたち、加えてこれから生まれて来る子どもたちに対する十分な放射能汚染対策が遅れたことは否めません。そのため、丸森町栗原市では独自に健康調査を実施するとしています。
健康調査も福島県は18歳以下の子どもたち36万人全員の甲状腺検査を生涯にわたって行うことにしていますが、宮城県丸森町の2地区の小学生以下の子どもたちに対して行ったのみです。
1月に開かれた有識者会議では、18%の子どもたちの甲状腺にしこりが見つかり、「1年後に医療機関において受診するなど,経過観察を行う必要がある」という意見があったにもかかわらず、県が保護者に対して何ら説明することもなく、「健康調査の必要なし」とすることは無責任と言わざるを得ません。今後、健康調査の継続、対象の拡大が必要です。
国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告やそれに基づいた被ばく限度も歴史的に変遷して来ており、低線量被ばく(外部被ばく・内部被ばく含めて)が及ぼす影響は明確にされていない部分も多く、「健康には影響がない」と言われても、保護者などの不安は一向に解消されていません。
今後、宮城県は、「よくわからないことがある時は、県民の命と健康を守る責任を全うするために、危険があるかもしれないという立場に立って対応する」という予防原則を持って、早急に体制を確立すべきです。
18歳以下のすべての子どもたち及び希望する妊産婦への健康調査を公費で実施することが今まさに重要になっています。その健康調査では内部被ばくを把握するため、甲状腺検査だけでなくホールボディカウンターによる検査や尿検査も行うべきです。また乳児を守るために、母乳検査も行うべきです。
さらに、放射能による影響は10年・30年先まで継続します。子ども一人一人がどれぐらいの年間放射線量を浴びているのかを測りデータとして蓄積しておくことも、今後の子どもたちの成長・健康を見守る上で大切なことになります。そのためにガラスバッジの配布・装着も進めるべきです。
以上述べた理由から、必要な各施策を汚染度の高い地域を重点的に、さらには宮城県内すべての子どもたちを放射能から守るために、全県的な体制を早急に整えるよう請願いたします。

共同提出団体名(順不同)
○子どもたちを放射能から守るみやぎネットワーク(代表 太田 茂樹)
○みやぎ脱原発風の会(代表 篠原 弘典)
○民主教育をすすめる宮城の会(代表 太田 直道)
○船形山のブナを守る会(代表 小関 俊夫)
○母子週末保養プロジェクト ちいさなたびJapan(代表 佐藤 美樹子)
○小さき花 市民の放射能測定室 仙台(代表 石森 秀彦)
○みんなの放射線測定室「てとてと」(代表 三田 常義)
放射線被曝から子どもを守る会(代表 安保 隆)
○5年後10年後子どもたちが健やかに育つ会 せんだい・みやぎ(代表 玉手 万理)
三陸・宮城の海を放射能から守る仙台の会(わかめの会)(代表 大友 佳代子)
○自分の居場所から不登校を考える会(代表 伊藤 由子)
○自然と生活を愛し豊かな未来を創りたい女たちの集い(代表 煖エ 旦枝)
カトリック正義と平和仙台協議会 (代表 渡辺 清)
○仙台石けんをひろめる会(代表 酒井 由布子)
○仙台学校給食勉強会(代表 佐藤 瑩子)
○くらしと電磁波を考える会(代表 佐藤 千鶴子)
○名取変電所と健康を考える会(代表 三浦 信子)
○電磁波と健康を考える会・みやぎ(代表 須藤 英允)
○ゆきとどいた教育をすすめる栗原市民の会(代表 鈴木 健三)
○柴田子供の健康を守るネットワーク(代表 森 淑子)
宮城県生活協同組合連合会(会長理事 齋藤 昭子)
○みやぎ生活協同組合代表理事専務理事 宮本 弘)
生活協同組合あいコープみやぎ(理事長 吉武 洋子)
○杜の市民力(代表 西 新太郎)
原子力発電を考える石巻市民の会(代表 近藤 武文)
○みやぎチェンジねっと(代表 吉田 哲郎)
○I女性会議宮城県本部(代表 煖エ 広子)
○食緑水を創る宮城県民会議(代表 工藤 昭彦)
宮城県保険医協会(理事長 北村 龍男)
宮城県護憲平和センター(代表 清藤 恭雄)
特定非営利活動法人水・環境ネット東北(代表理事 新川 達郎)
放射能と向き合う会inパークタウン(代表 工藤 睦子)
○柳生・西中田地区教育を語る会(代表 小泉 喜作)
宮城県保育関係団体連絡会(代表 藤崎 隆)
○冠川水源を慕う会(代表 菅澤 勉)
(以上35団体)

 

 

 

これは6年前の講演会の時の記事

どん底のような毎日の中で

何かの手立てを求めるように

藁にもすがる思いと共に足を運んだ講演会でした。

 

 

2012-04-03 16:19:50
バンダジェフスキー氏、仙台講演
テーマ:放射能について

 

チェルノブイリ原発事故の汚染地域である元ゴメリ州医科大学学長をされてたバンダジェフスキー博士が来日し仙台で講演をされたので行ってきました。

 

 

この方がいたゴメリ州はチェルノブイリ原発事故からの距離などが
福島第一原発からの仙台や七ヶ浜町と同じくらいの距離である低線量汚染地域です。解剖学の権威であり、放射能蓄積による人体への影響などをお話してくれるとのことでした。

 

 

医学の知識もない素人の私ですが、厳しいご意見なんだろうと覚悟して行きました。これまで放射能有識者の講演は聞きに行ってはいましたが
ほとんどの方々は、今の医学、科学的には七ヶ浜町の汚染であれば大丈夫という方もいましたしできるかぎり避難して下さい。と言う方もいました。

 

 

 

要するにグレーゾーンであり病気になりませんという保証はだれもしてくれません。枝野さんが言う「ただちに健康への影響はありません。」 毎回テレビに向かって、じゃ20年後30年後は?と問いかけてました。

 

 

とにかく、調味料に至るまで徹底して買っていた私としては
食材さえ選べば低線量地域でも大丈夫ではないかと考え避難先から帰ってきました。(他にも色々なことがあり帰ってきたのですが…)

 

  

しかし、地元に帰ってきてから日に日に濃くなる娘の目の下のクマ
1歳の子が目の下にクマ。

 

 

異常です。明らかに今までには無かった。外遊びをさせたい気持ちをグッとこらえて室内遊びが中心の生活していたので
日々の食材選びに迷い悩む毎日。

 

  

唯一の原発事故汚染データであるチェルノブイリの事故を参考にするしかない。と思い至っての講演の参加でした。厳しい意見の方のを聞くと、やはり避難しか無いと思ったり、落ち込んだりするので
行くのを躊躇っていたのが現実です(^-^;

 


講演を聴いて。。


やはりショックをウケる事ばかりでした。・゜゜・(>_<)

 

 

まず、1991年頃から死因の増加の第一位は心臓血管系の疾患です。事故から約5年後ですね。
ガンや甲状腺の病気の情報が多い中でのショックその1です心筋梗塞動脈硬化心不全すべて当てはまるものが第一位。ガンは2位です。

 

  

甲状腺に吸収されやすい放射性物質ですが、データをみると各臓器にもまんべんなく蓄積されるそうで
心臓が次に吸収されやすい臓器の一つでした。

 

 

ショックその2は
子供に至っては、内部被ばく量が12bq/kg~26bq/kgで40%まで体力の低下や心電図に異常が見られるようになる。
不整脈などですね。 

 

 

今の日本の食品の基準っていくらでしたっけ?

 

スクリーンを何度もガン見しましたが数値はまちがいないρ(。 。、 )これだけ食品に気をつけてはいますが、多少はベクレル食べているだろうと認識していたので
またまたショックでした。

 

 

子供や妊婦さんは放射能の吸収率が普通の人より何倍も高い。
あたりまえのことですよね。成長してるんだもん排出されるより蓄積する割合が高い。まんべんなく蓄積すると各臓器は機能が低下して行きます。 腎臓の機能が低下すれば排出されにくくなり、成人のかたでも蓄積しやすくなります。膵臓の機能が低下すれば糖尿病なども考えられます。白内障…etc

 

 

 

実の父や祖母が糖尿病だったこともあり大変さを知っている私としては
子供にはなってもらいたくありません。そりゃ病気すべてそうなんですけど…


そして最大の山場、ショックその3

 

 

チェルノブイリ原発事故の健康被害で唯一認められている子供の甲状腺ガンですが当時は3年後から増加し、5年後には爆発的に増えたという事実があります。


だから私も今の生活で3年がんばってみよう。
まわりも含めて経過をみていこうと思っていました。

 

 

しかし、なんと甲状腺ガンはだいたい10年後くらいから増加するのが医学的見解だそうでチェルノブイリ事故後3年から増加したのはもっと以前から放射能汚染があったからだというではないですか(T^T)!

 

 

なんと10年後。。


正直、この精神状態でこの生活を10年保てるか自信がない。それに子供がある程度になったら働くことも視野に入れていましたし。。

 

 

我が子が10年後、不整脈が見つかったとしても
誰が10年前に起きた福島第一原発の事故の影響だと思うでしょうか。
だれも思いませんよね。証明もできません。

 

 

最後に質疑応答の中で
「この土地で生きて行くしかない人は子供をどう守っていけばいいか」
という質問にバンダ氏は


とにかく汚染されていない食材を食べさせる事。

 

 

定期的に内部被爆検査(ホールボディーカウンター)をして体内の蓄積量を管理することが大切。と言っておられました。
とにかく避難できる方は避難。子供や妊婦だけでも避難してください。

 

 

とも言っておられました。

はぁぁ…
国が許している流通品の基準は50bq/kg…
話しにならんな( ̄◇ ̄;)

 

 

東日本大震災から6年の節目に

東日本大震災から6年が経ちました。
この節目という機会に
今一度氣持ちを新たに
心のままをブログに書きたいと思い
ました。


わたしは東日本大震災原発事故以後の約3年間

子どもに食べさせるものに悩み
怖くて怖くて


地元や福島県の作物は食べることはできませんでした。


外食も食材の産地が分かるものでなければ行くことはできませんでした。


そして毎晩子どもの寝顔を見ながら涙がでたり

放射性物質を何とかしようと働きかけている団体の集まりに


何も分からずに行き、ただただ話を聞いて帰ってくる事もしばしばありました。


知識のある方の講演会など
色々な所にも足を運びました。


もともと人付き合いが上手い方ではなく人見知りなので


わきあいあいとしている団体の集まりに行っても


あまり話を自信持ってするような性格ではないので


1人浮いた感じで
周りの人の話に合わせたり
ただ笑って聞いている事ばかりが多かったように思います。


でも、どんな食材を選んでいるのか
どこから買えるのか
放射性物質はどこに移動しているのか
色々な事を聞く事ができました。


原発事故の頃は娘は10ヶ月。
活発な娘を連れて話し合いの場に行ったり


放射性物質の不安から外遊びも極力我慢させてしまう事が多くありました。


その事から今でも娘には感謝とごめんねの氣持ちがわたしの中にはたくさんあります。


幼稚園を選ぶ時も同じでした。


わたしの嫁いだ家は檀家のお寺が幼稚園をしているのでそこに入れる事が常でした。


しかし、わたしは給食のメニューをお弁当に作り持たせていました。


途中、どうしても幼稚園の先生方を信じる事ができず、


今時の幼稚園の方針に子どもを委ねる事ができずに転園を考えた事もありました。


シュタイナー教育を取り入れいて食事やおやつも全て手作りで放射性物質にも氣をかけてくれる幼稚園にわたしは転園を考えていました。


主人はやりたいようにやればいいよと見守ってくれていました。


しかし意志の強い娘はわたしにいつもブレーキをかけてくれる存在であり


転園はしたくないとはっきりとわたしに言ってきました。3歳の頃です。


幼稚園に入る事も娘は2歳の終わりに自分で決めて、わたしに言う子どもでした。


好奇心が旺盛で体力も運動能力もある娘は母子の生活に物足りなさを感じていました。


何も分からずに婆ちゃんや従姉妹から幼稚園は楽しいから入りなさいと言う話を聞いてきて、わたしに入りたいと言ってきた娘です。


その度に面白くない顔をわたしはたくさん娘には向けてしまったと思っています。


子どもはお母さんが恋しくて離れたくない存在だという自分の思い込みからかけ離れた自分の娘とのギャップを受け入れる事ができてなかったんです。


それに食べ物を氣にするあまり、この食べ物はダメだとか


この食べ物はとても高価で遠くから買ってきたから大切に食べなさいとか


笑顔でみんなでただただ「美味しいね〜」と食べるはずの食卓が


毎回ピリピリとした雰囲気で夫と娘は過ごしていたのではないかと思います。

買い物に割く時間もかなり長く
欲しい食材を買うのに半日車でドライブをして時間を費やしたりする事もたくさんありました。


娘の意向で幼稚園に入ってからは
ピリピリしていたわたしですが


結果的には地元のママさんたちと顔見知りになり


幼稚園バレー部や役員などをする事で地元のママさんたちとの交流が増えて


そのおかげで都会から来たわたしはこの町に馴染むきっかけができたのでした。



この土地に骨を埋める氣持ちで結婚をして来たにもかかわらず


この土地に馴染むどころか
この町を出ることしか考えられなかったように思います。


今までの経験とこれからの自分の事を日記がわりに綴っていきたいと思います。